アバター 3D


3D技術はすごく進歩したね〜 観始めはなんか違和感があったが、30分もすると慣れて満喫した。

画面奥から手前に向かって移動してくる画の場合の迫力がスゴイ。思わず飛んできたものを避けたくなってしまう(爆)

こんだけすごい画像が、屋外シーンはほとんどCGってのはスゴイもんだね。CGはもうここまできたのかと。

押井守がアバター観て、完敗だ、やりたいことは全部やられたと言っていたが、確かにそのくらいスゴイ。

しかしながら、CGの技術が進んだということは、日本の業界としては大いに発奮するべきところなんだろう。

なんでもCGでやれるようになったということは、国土が狭くてロケ地が限られていて、他国でロケハンするにもいまいちコネ不足な日本であっても、コンピュータとCGスタッフの手さえあれば、アバター並みの画像を作れないわけではないのだから。

つまり、予算と主演クラスの俳優さえ確保出来るならば、もはや日本とハリウッドの間にハンディはないはずだから。


画像はおったまげるほどスゴかったが、ストーリーはダンス・ウィズ・ウルブスとかラストモヒカンとかラストサムライの焼き直しみたいなもんで、アメリカにありがちな原住民をたくさん殺しちゃってごめんね、一応良心の呵責は感じているんだよ的なストーリーだった。

アメリカ映画のストーリーとしてはもう定番になっているステレオタイプなものだったが、それを退屈と感じさせないのは、キャメロン監督の演出が上手いからだろう。やっぱりこの人は抜群に盛り上げ方が上手い。

アゲてサゲてアゲてサゲてアゲてアゲてドン! みたいなタイミングというか波動というか、そういうところが抜群に上手い。

異星人が人間とほとんど同じ精神構造をしているというのはなんともファンタジーで能天気だが、それ故に人間ドラマとして共感できる作りになっている。

小説だと、地球人と異星人の間には拭い難い価値観の相異があり、異質なものとのコミュニケーションには、限りなく強い意志と、不屈の忍耐と、海の如く深い寛容が必要で、そこまでやってもダメだったら非常に徹して処断しなければならない苦渋というところまで描かれたものがけっこうある。

文字媒体は、考えながら読むものだからそういうシリアスな設定で良いが、映像作品はいちいち考えてたらノリ切れなくてつまらないので、情感的に共感できる作りになっていた方が良い。

とは言ってもストーリー的にはちょっとステレオタイプ過ぎる感はある。
ストーリーのリアリティや細やかさで言ったら、ナウシカの方が3倍はスゴイと思える。


アバターの異星人は、感情反応としてはほとんど人間と同じだし、英語まで話すから、大して異質ではない。
ナウシカは蟲とお友達だが、風の谷の住人でさえ蟲には敵意を持っていて仲良くするつもりはまったくない。蟲と仲良くできるのは、超能力的な精神を持つナウシカだけ。

ナウシカだと、人間のもっとも恐るべき敵は人間自身というところも十分に描きこまれており、それでいて交渉して妥協したり理解したりし得るのもまた人間しかないということも表現されている。

世界を滅ぼした巨神兵を復活させようとするのはトルメキアの人間だし、そのトルメキアを倒すために王蟲を暴走させる暴挙に出るのはペジテの人々。
強力な力を持つ巨神兵や王蟲そのものよりも、それを利用する人間の欲望や敵意の方がより危険であると感じられる。

それでいてクシャナ皇女がケツを持たなかったら、どうやっても風の谷はトルメキアに滅ぼされていただろうということも暗に示されている。

蟲とはお話できないから交渉は不可能で、ナウシカの超能力に頼るしかないが、クシャナは人間なのでやりようによっては交渉し得るということ。

そこまで描き込まれているナウシカの脚本は、アバターより完全に上だと思う。リソースさえ有ればハリウッドを越える作品を創れる可能性が日本にもあるということは、誇って良いことだろう。